タイにおける母語・継承語としての日本語教育研究会

Japanese Mother Tongue and Heritage Language Education and Research Association of Thailand (JMHERAT)

2016年1月ワークショップのご報告

2016年1月31日に行われた、ワークショップの報告をします。今回は、前回8月に行われたワークショップと同じテーマで行いましたが、前回よりもしっかり話をする時間を設けたこともあり、参加者同士活発に意見が交わせたのではないでしょうか。今回も前回同様、言語と人とのかかわりを振り返るマップを作成しました。

■ワークショップ・当日の活動の流れ

12:00〜12:25開始、参加者全員の自己紹介、研究会紹介
12:25〜13:05自分自身のマップ作成
13:05〜13:35休憩
13:35〜14:10子どもマップ作成
14:10〜14:30ポスター作製(子どもマップをグループで1枚選び、気がついたことを書き出し、カテゴリー化した)
14:40〜15:30ポスターセッション
・各グループポスター特徴紹介
・前半/後半に分かれ、他のグループのポスターを見に行く
15:30〜15:50ポスターセッション後の気づきを書き、グループで共有
15:50〜16:05全体で気づきの共有
16:05〜16:15複言語・複文化の可能性、トランスランゲージングについて
16:30終了

会場の様子

■マップの書き方
前回と同様に、今回のワークショップでも、言語使用状況と人との関係性を視覚化しようと試みました。

◆言語と人を色で示します
日本語・日本語人
タイ語タイ語
英語・英語人
その他の言語・言語人
◆人とのかかわりは線の太さ・種類で表します。毎日会う家族でも、心の捉え方次第で実践でなく点線となることもあります。
◆マップには大きい円が3重にひいてあります。内側から毎日、時々、たまに会うという頻度を示し、一番外側は月に一回会うか合わないか程度、または国外にいる場合を表します。

では、ワークショップの流れに合わせて、以下に詳しく写真付きで、ご報告いたします。

■自分自身のマップの作成
今回実際に作成したマップを紹介します。
前回は言語でその人の生活を分けましたが、今回は言語世界で分けず自由に使用言語状況と人との関係性を書きこんでもらいました。

≪作成した自分自身マップの例≫
生活の中に3つの言語が使用されています。言語によって自分の世界を分けていることはなく、3つの言語が混在しています。また仕事仲間も友人も複数の言語・文化背景の方たちだということがわかります。またどの言語でも太い線で結ばれる関係が築けています。





この方は自分の世界は仕事とプライベートで分かれていると感じています。3つの言語が使われていますが、プライベートではタイ語が中心で、仕事では英語と日本語が主な使用言語です。また一人の人と複数の言語使用が見られます。これは周囲に誰がいるかによって意識的に選択している時もあるし、無意識に使い分けている時もあるそうです。



≪自分マップを作成している様子≫

■子どもマップの作成
次に子どもマップを作成しました。保護者の方は、ご自身の子ども、教師は担当している子どものマップを作製しました。大人にはなかったオレンジ色は、ダブルの子どもを表します。これは、子ども自身と同じ背景の子ども同士の関係を見るためです。

親が書いた子どもマップ例
(1)11歳男子 父:日本 母:タイ
現在インター校
複数の言語、そして様々な背景の人と関わっています。兄弟とは3つの言語が使用されているのがわかります。英語が太い線なのは二人ともインター校に通っていることも理由でしょう。また日常的でなくても、同じダブルの子との関わりもあります。様々な人と太い線で結ばれているのが特徴的です。


(2)19歳男子 母:日本 父:タイ
インター校を経て、本人の強い希望で日本の高校に進み、現在日本の大学に在学。
父親はタイの方ですが子どもとは、英語で接していました。タイ語が増えたのは成長してからです。マップでは日本語が大きな割合を占め、濃い関係性も日本語を使う人との間に形成されています。しかしこれは日本の学校に行ってからです。タイでは日常的に日本語は使っていましたが学習言語ではありませんでした。本人が自分の夢のために日本の高校に行きたいと自分で勉強しました。成長の過程でその子どもの言語世界も変化します。

■ポスター作成
グループの中で一枚を選び、一人5つ、気がついたことをポストイットに書きだし、似ている項目をまとめてカテゴリー化しました。
2つのグループのマップを紹介します。

【グループ3の例】

子どもの背景T君:5歳男児、父:日本(参加者)母:タイ
現地幼稚園のほか同じ背景の子ども達の集まる会に参加
この子どもを選んだ理由様々な人(大人も子どもも)との関わりが豊富にあるが、そのほとんどがタイ語での関わり。父親は日本語を使う世界をもう少し増やしてやりたいので、どのようにしたらいいか、他グループの人の意見も聞いてみたい。

※色の違うポストイットは他のグループの人からのコメント

【グループ4の例】

子どもの背景Hさん:22歳大学生(国立大日本語学科4年生)父:日本 母:タイ
9歳の時日本からタイへ。父は日本にとどまり、妹と母の3人暮らしだった。大学で日本語を専攻したいとバンコクに上京した。
この子どもを選んだ理由Hさんのがどのような、人とどのような関係を築き、どんな思いで生きてきたか、当事者の話を直接話聞きたい。9歳の時、高校生の時、そして現在と3つのマップでその時の状況や気持ちを語ってもらうことにした。

※色の違うポストイットは他のグループの人からのコメント

■他のグループのマップを見に行く
このように、書きだしたものを貼りだし、ポスターセッションをしました。



■ポスターセッションで気づいたこと(気づき2から抜粋)

  • 今まで環境が言語を育てると思っていた。他人まかせ環境まかせだったが、基盤は親の愛の言語なのだと気づいた。(Kさん・母親/日本語教師
  • 人は、″楽しい″から学ぶんだ!!(言語習得を第一義にしない。特に幼児期)(Sさん・母親)
  • 子供に影響を与える環境は、家庭、学校以外の周り(住環境、地域社会)にもあり、これをしっかりコントロールするのも親の責任だと感じた。小さい子供にとって楽しい経験、おもしろい経験は言語を習得するモチベーションになり、上達も早いと思う。(Aさん・父親)
  • 子供から見える親の他との関係(対 友人、学校、先生)を良好にすることで子供が安心する(Sさん・母親)
  • いかに子供を楽しい状態にもっていくか?もっとできる部分に着眼する。(Uさん・父親)
  • 言語の強さと友人関係の豊かさに大きな関係があるように思える。辛い思いをしている時にそれを乗り越える力はどこから来るのか。人間関係の多様さではなく、信頼できる人との絆ではないか。言語の習得は年令や環境によって常に変化するもの。親や教師としてできることは何か。(Sさん・父親/学校教師)
  • 子どもだからと言って新しい言語環境に容易になじめるものではない。(Iさん・幼稚園教師)
  • 必ずしも日本語が必要なのか。タイ語、英語、何語でも自分を語れるなら残念がる必要はないのでは。日本への興味があれば、日本語を使えるようになりたいと自分で思ってくれるのでは。でも、今興味がなくても焦ることはないのかも。(Mさん・日本語教師

■複言語・複文化の可能性そしてトランスランゲージングへ
「複言語・複文化」では、ネイティブ並の能力を目指すのではなく、どのようなレベルであれ資源なのだと考えます。「話せるけれど書けない」ではなく「話せる」と捉えることが大切です。また現実の世界では言語は実は混ざり合っています。この混ざっている状況を今日のWSでも感じました。言語は混じり合ってその人の「言語世界」を形成しています。また、この「言語世界」は成長の過程で変化します。このように捉えるのがトランスランゲージングです。この混ざっている状況をより豊かに育てたいものです。(JMHERAT)

■ワークショップの感想

  • 参加者の方々の色々なケースを見て、新しい気づきや考え方ができるようになりました。年令も職業もタイにいる理由も様々な方達と話し合う機会が持て、気付かされた点も多く、有意義な時間が持てました。(Sさん・父親/学校教師)
  • 言葉は数や上手にはなすことができるなど表面的なものが大切なのではなく、まわりの関わり、人間関係が自己を認め、育む上で大切なことだということを学びました。(Nさん・幼稚園教師)
  • 自分と向きあう機会ができてよかった。(Hさん・学生/当事者)
  • ただ誰かのお話をきくよりも非常に分かりやすく勉強になりました。たくさんのケーススタディーが得られ参考になりました。(Uさん・父親)
  • 他の方々の話を聞いたりすることが出来、よかったと思いました。いろんな職業の方にお会い出来、話せることにより参考になることも多かったです。(Fさん・幼稚園教師)
  • 様々なバックグランドを持った方と話すことにより、より1つのことを多角的に考えることが出来した。(Sさん・幼稚園教師)

運営委員

  • 自分自身が色々な方と出会い話をする。世間話ではなくて、自分や家族のことについてテーマをもって話すので、新しい気付きがあったり参加者全員を刺激しているのだと思います。親の立場で参加された方は、自分のその心の動きが子どもへ反映されるだろうし教育者の立場の方は、接するお子さんへ反映されるのではないかと思います。私自身も色々な職業や立場、在タイ年数や年齢も違う方々と交流することが出来るのでたくさんの刺激をもらうことが出来きました。自分が経験したこと無いお話を聞くことで知識が豊かになるような気がしています。参加自身の心が揺れ動く場所になるのかなと思います。(K・聴覚療法士)
  • ダブルのお子さんの保護者の方から、「子どもはこの先ずっと周囲から、日本語が話せるもの、日本についてよく知っているものと見られてしまう。それを本人がどう感じるか」という内容の、お子さんの今後を気遣う発言がありました。多くのダブルのお子さんが経験していくことではないかと思います。ワークショップ終わり近くにこのお話があり、今回はこのテーマでの意見交換まではできなかったのが残念でした。(N・日本語教師
  • 今回のワークショップは小規模で行ったため、グループ内や全体で話し合う時間をたくさん持つことができました。そのため、参加者された方々が話し合いで出たことを自分のこととして一旦飲み込む時間が持て、より深く話し合いの内容を考えることができたのではないでしょうか。そして、それにより一方通行ではない学びができる場になったのではないかと感じました。また私自身親として、子どもが楽しいと思える環境でことばの力を育み成長していくために、親ができることは何かということについて改めて考える機会になりました。(F・日本語教師・保護者)
  • 子どもにとって「楽しい」ことが大切だという感想が他の参加者からもたくさん出てきました。
  • 「幼児教育で楽しいことは重要だということはいつも言われていて、十分わかっていたつもり。でもきょうはなぜ楽しいことが大切か、ことんと腑に落ちたそんな気がします。」(幼稚園教師)

皆さま、お疲れさまでした!!