タイにおける母語・継承語としての日本語教育研究会

Japanese Mother Tongue and Heritage Language Education and Research Association of Thailand (JMHERAT)

第10回セミナーのご報告

みつめよう子どもの姿、考えよう子どもの現実

 『ある国際結婚家庭の子どもたちの成長―Sさん家族の29年』
  ―3人の子どもたちの事例から考える―  第2弾

 生きる力としてのことばの力をどう育てるか?

11月23日のセミナー報告です。参加者は31名、タイの方5名、インドネシア・フィリピンの方など、出身も様々で、参加の立場も保護者、教師、学生と様々でした。
今回は6月セミナーの第2弾です。6月には、タイとは関係のないこのS家の子どもたちが、タイでどのように成長しどんな問題を抱えてきたか考えました。今回は、生きる力としてのことばの力が育つためにまず何が必要か考えたいと思いました。そこで「関係性」に焦点を当て、それぞれの成長の過程を見直しました。

S家のプロフィール
父親:日本人
母親:タイ以外のアジア圏出身(英語話者)
両親は母親の母国で結婚。1980年代、駐在で来タイした。
長男、次男、長女(末子):タイ生まれタイ育ち。3人とも日本人学校で学んだ。
事例報告者松井氏がバンコクで出席した結婚式で偶然母親と知り合い、母親の母国にいた経験が約10年あったため交流が始まった。

■活動の流れ

1. 事例報告
2. こどもの言語習得の過程について解説
3. 関係性マップ作成

  • 自分マップ
  • 長女マップ(グループ)
  • 長男・次男マップ
  • 両親マップ

4. 参加者それぞれの立場でできる支援を考える


■マップ作成の流れ

1. 自分の関係性マップ作成

  • 1番目の輪:日常での関係
  • 2番目の輪:タイでの1番目の輪とは違う関わり 頻繁ではないが自分が関わっている人達
  • 3番目の輪:自分の母国の人など
  • 4番目の輪:この人は留学していたドイツを4番目の輪に書いた

※親密度などは線の太さで表しました。
書き方に決まりがあるわけではありません。これを描きながら、自分がどんな人とどう関わっているか意識します。このマップを書き終えてから、自分のマップをグループの中で紹介しました。

2. 長女関係性マップ作成
長女(末子)は上の二人に比べ、自分の気持ちも言葉にし、自分から人生を切り拓いています。長女がどの様な関係性の中で育ったか、松井さんの報告を基にグループでマップを作成しました。

3. グループで作った長女マップを全体で一つにまとめ、長男・次男のマップを作成し長女と比べました。

4. 同じように両親のマップも作成し、子育て時、親がどのような関係性の中にいたのか考えました。


■マップ作製で見えたこと

○長女とほかの兄弟の違い
長女は小学校に入る前にバレエとピアノを習いました。そこには多様な国籍の子どもや大人がいました。参加者から指摘があったように、発表会で達成感も経験し、仲間とともに目標に向かう共生感も経験したことでしょう。また長女を育てている時期、お母さんは母国コミュニティと頻繁に関わるようになっていました。

○長男/次男
長女と同時期ピアノとバレエを習いに行かせましたが合わず、それ以降習い事はしていません。当時でも空手やスイミングなど運動系の習いごともありましたが、母親はアクセスできていません。長男・次男はアパートと家以外の世界で人との関わりがほとんどなかったようです。

○両親
係累の少ない家族でお互いの親族との行き来もほとんどないことがわかりました。お母さんは来タイ当初、夫の会社の日本人に支援を求めたことがありますが、断られています。お母さんは母国コミュニティとの繋がりができるまで、アパートの従業員と長女の習い事の関係者以外とほとんど関わりがありませんでした。


■参加者の感想

自分の子育てをふりかえって・・

  • 子どもとの関係をここまで掘り下げて考えたことがなかったので大変勉強になりました。勉強会が定期的にあれば是非参加したいです。(父親)
  • 言葉よりも大切なことは何かというのを考えることができました。今後自分の家族でも今日学んだことを生かして生活していきたいと思います。(母親)
  • 「両親が海外でいかに生き生き生活しているかが、子どもに大きく影響する」というのにとても同感しました。子どもは親が気付いていないけど敏感に感じている。(母親)
  • 子どもの言語面でのサポートについて試行錯誤しながら手探りで実践しています。今回のセミナーで子どもにとって一番大切なのは周囲のとの関わりや信頼関係から得られた体験ということが心に響きました。今はまだ子どもも小さいので日本語教育にばかりとらわれず、一緒にいろいろな体験をすることから始めたいと思います。(母親)
  • 自分も国際結婚で小6小3の子どもを育てていますので、他人事とは思えない事例でした。今回のセミナーはとても有意義ものとなりました。上の子が成績が上がらず悩んでいます。子どもを育てるときに、子どもの近くにどんな人がいる環境で育てられるか非常に重要だと思いました。(父親)
  • 「言葉にとらわれがちだが、それ以前に言葉にしたいほどの体験をすることが大切。両親がいかに生き生きすごしているかも子どもに影響する。」という言葉が印象的でした(母親)
  • 子どもの言語環境・成長を支えていくうえで人と人の関係が本当に大切であると実感しました。1つの事例をもとに皆さんで考え意見を出し合うことで、自分の考えだけに拘らず、色々な立場、条件で物事が考えられた気がします。支援の在り方を考えるとてもいい方法だと思いました。(母親)
  • 今後どのように子ども(日本・インドネシアのハーフ)を育てていくか、について考える非常にいい機会になったと思います。家族以外の関わり、また日本・インドネシアの家族との関わりが大切だと感じました。いかに長女の例のように輝ける場所を設けられるか、を考えます。(父親)

教師として・・・・

  • とても有意義なセミナーでした。親だけでなく、教育現場で働く教師たちにとってこのようなケースを知ることは大切でありさらに勉強が必要であると実感しました。(インター校教師)
  • タイ(バンコク)ならではの問題だなあと思いました。言語(特に学習言語)を習得していくための学校を選択するむずかしさを実感しました。(教師)
  • つい「何語で、どんなコミュニケーションをしているか。」ということに意識が行ってしまいますが、体験が大事なのだと思いました。心のよりどころが大事なのかなと思いました。(日本語教師
  • 国際結婚家庭の方(特に母親)への配慮、支援をする環境は学校にはあまりありません。日本の学校とは色々異なる部分があるからです。しかし、本日のような事例を取り上げ、どうすればよかったかを考えることは国際結婚家庭の方だけでなく、自分自身の勉強にもなりました。(教師)

今回のセミナーではことばが生まれ育つために必要な「関係性」について考えてみました。S家の両親にとってタイは外国でした。地域コミュニティとの関係もなく、親戚や友人もいません。子どものことばや学習状況を考える前に、親が孤立していないかまず考える必要があります。そして、子どもが育つ環境の中で、ことばで伝えたいほどの相手と、ことばで伝えたいほどの心動く体験があるのか。まずはそこから考えていきたいものです。
(JMHERAT)

後日、参加者のお一人から改めてメールをいただきました。

初めて参加させて頂きました。
参加して、改めて「あっ、自分の話を聞いて欲しかったんだ。」
「他にも似たような境遇の方がいらっしゃるんだ。」と実感できました。
タイの地にこのような会がありますこと、本当に感謝しております。

母親として、父親として、教師として、
参加された皆様の立場の違いで意見が違う事、
そしてそれらが一堂に会せる事はとても新鮮でしたが、
その難しさも改めて認識致しました。

今回の事例では、所謂「母語第一言語・継承語・現地語」等など
様々な解釈ができ、教師である妻とも講義内容を議論してみましたが、
夫婦としての結論は「家庭内における人生設計が明確である事」、
そして、それに伴う「選択の覚悟」が必要だということでした。

学習言語の置換の可能性を考えれば、
教育現場への期待が大きくなる事はやむを得ないと思いますが、
深澤先生が指摘された「教育現場以前の問題点」については、
私も妻も今後の教育活動に大いに役立つと感謝しております。

それは結果として「母語の重要性」を深く考えさせられるもので、
今回のテーマである「生きる力としての言葉」との選択も含め、
難しい問題だと再認識致しました。本当にありがとうございました。
(保護者、教師)

参加者の皆さま、ありがとうございました。勉強会を定期的に開くことにしました。初回は1月10日です。
詳細は次回ブログで紹介します。